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Beauty Source キレイの魔法

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ルイーズ1854『レッスン』

ルイーズ1854
「レッスン」

「ルイーズ、この一週間よく頑張ったね。明日の披露が無事に終わったら、何かご褒美をあげよう。」
「本当?ジェラールさん。」
とんとんと楽譜を調えながら、ピアノの前でおっしゃった言葉、とても嬉しかったんです。

公爵のお城に着いてすぐ、お会いした私の命の恩人さん。
仮面をつけておいでになったけれど、今までみたどんな人よりも背が高くて、
それからとってもお声がいいのです。
ジェラールさんは私に会ってすぐに、歌を聞かせて欲しいとおっしゃいました。
クレアお姉さまはすぐにお聞かせするように私を促して、それからピアノのある
このお部屋に一緒に入ろうとしたのですが、ジェラールさんは
「悪いが、ルイーズと二人きりにしてくれないか?」
こんな声のいい人の前で歌わなくちゃいけないのってとても緊張していたのですが
ジェラールさんの言葉と、お姉さまの心配そうなお顔をみたら、本当にどきどきしてしまったの。

「ルイーズ、体がとてもこわばっているね。」
部屋の真ん中にあるピアノの前に立って発声を始めたとき、足が震えていたんです。
「こちらへおいで。」
叱られるのかと思いながら近づくと、ジェラールさん、「チョコレートは好きかな?」って。
「大好きです。でも、あまり食べたことがないんです。」
「おやおや。オペラ座では客がいくらでもクレアにボンボンをよこすだろうに。」
「歯に良くないからって。それから、お酒も少し入っているものもあるでしょう?」
「酒、そうだな、たしかに酒はよくない。特に君のような子どもには。」
そうおっしゃったジェラールさんがパチっと指を鳴らすと、
素敵なチェックの箱が目の前に現れました。
「君の大好きなものが入っているよ。安心してお食べ、お酒は入っていないから。
それからその長いすに座って、君の話をしてくれないか。」

それから私は、ジェラールさんとしばらくお話をしたんです。
グスタフ先生とのレッスンのこと、大好きな犬のこと、毎日遊んでいる男の子たちのこと、
歌があまり上手になれなくて、クレアお姉さまにときどき叱られることも
つい言ってしまうと、くすくすお笑いになりました。
「クレアに、私の生徒にあまり厳しくしないよう言っておこう。」
うちにいるサシャは、エリザベート様にジェラールさんがいただいた犬で、
ロシアからペルシャに行かれる前に、お姉さまにお預けになったんですって。
ペルシャってどんなところなのかしら?
お聞きしようとすると、ジェラールさんは立ち上がりました。
「さあ、レッスンを始めようか。」

それから、毎日3時間、私はジェラールさんのレッスンを受けました。
エリザベート様たちの前で歌う祝福の歌、とっても難かしくて。
特にラスト、一気に高い音になるのでグスタフ先生も困っていらしたんです。
ジェラールさんは楽譜を手直しして少し音程を下げてくださった上に
発声の方法も一から教えてくださいました。
「決して、のどだけで歌おうとしてはいけないよ、ルイーズ。
背骨でしっかりと声を支え、おなかと顔を反響盤にして。
それから、声だけに頼っても本当はいけない。
歌詞を解釈し、音楽に溶け込ませ、魂の底から歌い上げるのだ。」

「やさしく思いやって 
 真実を告げた私のことを 
 どうか約束して 
 ときには私のことを
 思い出してくれると 」

歌詞の言葉ひとつひとつにちゃんとわけがあること、
いままで感じたことや、やってみたことをふくらませて言葉を本当にすること、
からだ全体で本当らしさをあらわして、音楽にのせてうたうこと、
それがひとりでにできるようになるまで、何度もくり返すこと。
そして、歌っている自分を客席から見ているもうひとりの自分をつくること。

一週間一生懸命やってみました。
歌うことが面白くなるなんて、不思議。
いままでは、ちょっぴり、いいえ、とっても嫌々歌っていたから。 
グスタフ先生や、他の先生からも教えてもらったことが、
ジェラールさんがおっしゃって、実演していただくと、とってもよくわかるような気がするんです。

「誰かを好きになったことはあるだろう?そこから想像してごらん。」
「サシャだったら大好きです。」
「確かに動物は、人間よりも純粋に君を愛してくれる。だがこの場合は相手が人間だね。」
「お父さま、亡くなったお母さま、クレアお姉さまやお兄さまたち。」
「家族のほかには?男の人がいいかもしれないね。」
「誰かいるかしら。グスタフ先生と、お兄さまのお友達のシャルルと、それから・・・。」
「それから?」

やさしく聞いてくださるジェラールさんの声。
仮面をとったらお顔は、どんな風かしら?
恐ろしいのかしら、ゆがんでいるのかしら。
とってもきれいな目をしていらっしゃる・・・。

私がだまってしまうと、ジェラールさんは静かにおっしゃいました。
「本当に大切なものは、言葉にできないものだね。
 ルイーズ、いまの気持ちを大切にしなさい。」

この気持ちが、人を想うということ?
息がちゃんとできなくて、苦しいようなこの感じが?
歌の披露が終わったらお聞きしてみよう、もっといろいろなことを。


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